かれこれ、約2年前の話になります。
ビーバーが出血しているという連絡が入った日のことを今でも覚えています。
その日僕は潜水で、丁度上がったところへ連絡が入りました。
駆けつけるとブルというメスのビーバーが口元から出血をしていました。
おそらく何かにびっくりしたのでしょう。首をひねった瞬間に、前歯(門歯)が
何かに引っかかって、弾みで折れてしまったのです。
幸いすぐに止血することができ、なんとか餌も食べられるようになりましたが、
ここから長い長い治療の旅が始まるのでした。
ビーバーの歯は門歯と臼歯があり、門歯はおもに何かを削る役割、臼歯はすりつぶして、
食道へと運ぶ役割があります。今回折れたのは上の門歯なので、口の中に入る餌であれば臼歯で
すりつぶして食べることができます。
しかし、
とてつもなくやっかいなことがあります。それは、
ビーバーの門歯は永遠に伸び続けると言うこと。
ビーバーは皆さんご存知の通り、木を噛むことが生活の一部です。
よって、木を削る役目の門歯(特に下)はものすごいスピードで伸び続けます。
今回折れたのは上の門歯。ということは、、、、、
放っておけば、下の門歯が上あごに到達して突き抜けてしまいます。
そうなると、餌が食べられないどころか死に至ってしまいます。
そこで、定期的に伸びすぎた門歯を切断する治療を行っていかなければいけません。
切ると言っても、簡単には切れないので麻酔で鎮静をかけなければなりません。
その後治療に入ります。
切断、トリミング。そして口内洗浄
これにて完了。
さらっと書きましたが、麻酔が効く時間帯、麻酔の分量、どのくらいのペースで何㎜切断すれば良いのか、
試行錯誤の繰り返しをしてきました。
そして、もうすぐ2年が経とうとしています。すごいことです。
僕たちがすごいのではありませんよ。
現在2週間に1度のペースで治療を行っています。
と言うことは年間24回の治療に耐えてくれているのです。
こちらは今まで切断してきた歯のごく一部です。
これだけの治療に耐えてくれています。すごいことです。
自然界でも門歯の欠落事故はあり得ることです。
しかし水槽内で起こったことはこちらに責任があります。
自然界では欠落事故が起こればまず生きていくことはできません。
しかし水族館では治療をしていく責任があります。
自然界での個体と水族館での個体の差は、飼育員の管理する環境下に生命があるか否かということ。
至極当然な事ではありますが、身をもって感じています。
治療中ということもあって、この個体にはここでは書ききれない色々な制限を設けなければなりません。
辛い思いをしていないだろうか?とたまに思うのですが、
ブルちゃんが麻酔から覚めて、餌を食べている姿を見ると、
また2週間後に治療をしなければいけないな。という使命感がわきます。
もちろんそれはブルに生命を全うして貰うために。
飼育研究部 つじ